無事に専門学校も卒業できて、ネット収入を得るために熱中しているうちに、あっというまに時は過ぎて、プログラマーの会社に勤める日々がやってきました。
最初はすごく対人関係や、お仕事の内容などが不安でした。
私の勤める会社の部署は、新入社員が私を含めて3人でした。
私と、もう一人女の子と、男の人は一人でした。私と、新入社員の女の子以外は全部男性だったので、女の子がもう一人入ってきてくれてよかったぁ・・・と安心でした。
その子とは、私と似ているところも多々合ったし、とても思いやりがあって気が合い、仲良しになりました。
お友達がいることは心強くて、仲間同士での対人関係は悩むところはありませんでした。
私以外、まったくプログラムというものに触れたことがないという2人のために、まずとっても分厚いパソコン・プログラムの基礎本を、一日8時間ただずっと机の上で読む作業が始まりました。
正直いって、かなり・・・眠かったです。本当に、一日の半分ぐらいは眠気が襲いました。本なんてろくに見れていなかったような気がします。

それも、図を参照していただければわかるかと思うのですが、課長がこっち向きに座っているので、常にこちらを監視しているのです。
そんなところで眠れない!という恐怖はずっとあったのですが、それにも耐え切れない眠さでした。
それは、学習が終わって、パソコンを与えられ、実践に入った時も同じでした。ちゃんと睡眠をとっても、調子が良くても、どうしても眠くなってしまうのです。それも一日に最低2、3時間以上は絶対に眠くて何もできないという日々が続きました。
10分ほど寝ればすっきりするかもしれないけれど、常に上司が見張っているのでそんなの眠れるわけもありませんでした。
ほかの人はみんな真面目にやっていたので、10分眠っていいですかなんて言えなかったんです。
だからコックリ、コックリの状態が、普通に最低一日3時間以上続き、何も考えられない時間は毎日のようにありました。
そして、他の2人にどんどんプログラムの知識を追い抜かされていってしまったんです。それも、プレッシャーに弱いちぃやんにとってはすごく辛かったです。
専門学校で2年も勉強してきたのに、お仕事で1ヶ月もたっていないうちに、もう私のほうがわからないなんて、こんなみっともない事なんてないよって、どんどんプレッシャーが大きくなってきました。
それもふざけているわけではなく、真面目な気持ちでお仕事はやりたかったし、本当に深刻に眠たいのを我慢しながらなので、ますますあせりました。
刺激があるガムを食べたり、お茶を飲んだり、コーヒーを飲んだり、カフェインの錠剤を飲んだり、お昼に寝てみるなど、睡眠の事を調べていたのですが、全然だめで、私は何か睡眠障害の病気なのではないかと考えるまでになったのです。
一時期は、症状がかなり似ているので「過眠症」という病気なのではないかとまで考えました。
過眠症について知りたい方は
過眠症のサイトにリンクをはらせていただきましたのでご参照下さいね。
「私はちゃんとお仕事をやりにきているんだ、このままでいいのか。」そう思いながら過ごす毎日でした。
新入社員同士では仲がよかった私たちですが、会社の雰囲気にはどうしても馴染めませんでした。
ほんっとうに静かなお仕事場で、飲み物を飲みこむ音も、お弁当を食べる音も、何かを書く音も全部オフィスで働いている全員に響くような静けさです。
私は前からそうだったのですが、あまりに静かだと逆に集中が切れてしまうタイプの人間でした。緊張しっぱなしで、全然何にも集中することができず、お腹が毎日痛くない日はなかったです。
ストレスでごはんものどを通らず食べられなくて、食欲は減っていくばかり。そして毎日居眠りこける日々。
残業なんて研修の時から当たり前で、女、男なんて関係無し。何時になっても上司や先輩からの「帰ってもいいよ。」という言葉も初日から何もかけてもらうことができず、ずっと毎日夜までお仕事は当然のことでした。何も言い出すこともできず、本当に雰囲気が悪かったと思います。
だからやりたいことも毎日たまっていき、いらだちは募るばかりでした。
残業代も出ないのが当たり前でした。
「私は本当は、インターネットでも収入を得ていきたい。無駄な時間は一秒もないはずなのに。毎日居眠りで後悔の連続だし、毎日残業の連続。
こうしている間にも、他のインターネットのホームページで収入を得ている人達のスキルや、収入はだんだん上がっていくのに。
すごく悔しい、私も自分の好きなことをして収入を得ていけたらいいのに・・・。私も好きなことを勉強する時間が欲しい!」毎日悔しくて、やりたいことがたまっていくにつれて、ストレスもどんどんたまり、ついに我慢できないレベルまできてしまったのです。
私はやっぱりインターネットで収入を得る生活をしたいし、プログラマよりもこの道の勉強を一からしてみたいという事を、両親に相談したことがありました。
その時は、とりあえずプログラマーのお仕事を3ヶ月間やってみなさい。そうしたらもう一度考えてみなさい。といわれました。
メールマガジンでも、たくさんの読者の方からのアドバイスを頂きました。
その意見は、「ちぃやんが本当に真剣なら、まだ若いのだし、お仕事先もたくさんあるのだし、やりたいことをやったほうが良い。」という意見と、「まだ辞めないほうがいいと思う、会社にいたら安定した給料をもらいながら勉強ができるのだし、もうちょっとやってみたら。」という意見と半々ぐらいでした。本当にありがたいことです。
私はインターネットで収入を得ていく道を、本当に真剣にやりたいと思い、考えていましたが、プログラマーのお仕事もやっぱり最低3ヶ月は我慢するつもりでいました。
「こんなのに耐えられなくて、これからどうするんだ。何もできないぞ。」そう思いましたし、プログラマーのお仕事で、何か学べることが絶対に少しでもあると思ったからです。
でも、後悔ばかりの毎日を送るにつれて、想像以上にストレスがたまっていたようで、だんだんプログラムを見ただけで吐き気がするようになってきたんです。
「もうだめだ、課題が全然できない。」限界を感じた私は、泣きながら両親に相談して、理由を話しました。
やりがいと、希望がなく、やりたいことができない毎日が私にとってこんなに辛い事だとは思いませんでした。
母と父は最近再婚して2年ほど一緒に住んでいました。
「そうか。お父さんはお前の性格からして、そう言うとわかっていたよ。会社に勤める前からね。それなら、好きなことをやれ。会社なんて辞めてもいいぞ。やりたくない事を無理やりやっていてもしょうがない、そんなに辛いのだったら今すぐ辞めてしまえ!」といってくれたんです。これには私もびっくりでした。
母は反対していましたが、父が、私に好きなことをさせてやれと母を説得してくれたんです。
私がもしまだ母子家庭だったら、会社を辞めることなんてできなかったでしょうから、父にすごく感謝しています。
だから今、こうしてネットで収入を得る勉強や、生活ができているわけなんです。
私が辞めることによって、新入社員のお友達を会社で女の子たった一人にしてしまって、寂しい思いをさせないだろうかとその事もとても悩みました。その女の子にもとても悪い気持ちがしました。
私は一生のお付き合いをしたいぐらい仲良くなれたと思ったし、これからも一緒にやっていけたら・・・と思う気持ちもとてもありました。
その女の子は、「私の事は気にしないで。寂しいけれど、ちぃやんのやりたい事を一生懸命やって欲しい。それが私にとってもうれしいよ。」といってくれて、本当はとても心細いと思うのに、そんなふうに言ってくれたのはすごくありがたかったです。
今でもその女の子とは仲良しです。ずっと付き合っていきたいです。
退職届を出す時もその女の子は一緒に来てくれて、でもとても怖くて、今までためていたものが全部開放されたような感じがして、涙があふれてくるほどでした。(もともと泣き虫だったこともありますが)
研修期間だったこともあり、お仕事場からその日に荷物を持って帰って、後は次の日に手続きをして会社を正式に辞める事ができました。
会社に対する認識が甘かったこと、今まではパソコンのお仕事につきたいというぼんやりした考えしかもっていなかった自分や、ちょうどお仕事が決まったあとに、インターネットで収入を得ていく道に目覚めたのは、その時は運が悪かったのかもしれません。会社を1ヶ月半で辞めた私は本当に未熟に思います。
でも、こうしてお仕事の辛さと、好きなことをできる喜びの両方を知れたことはとても勉強になったと思っています。会社を辞めて、母を心配させている分だけ、真剣にこの道を取り組んで勉強していきたいと思っています。
それに、普通だったら会社は辞めたくても辞められませんよね。男の人だったらなおさらだと思います。
それを、相談してすぐにやめられたということは普通できないことだと思います。母子家庭だったらなおさら絶対できなかったことに対して、本当に運命って不思議だと思いました。
お仕事から開放された日は、本当にうれしかったです。1ヵ月半という短い期間でしたが、一生のうちで一番長く、辛く感じられました。
よし、絶対にやるぞ!そんな気持ちで帰りには本屋さんでビジネス書を4時間立ち読みしたのでした。
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